「週刊誌の系統分類」を書いていて一つ気付いたのが、「写真週刊誌」のネーミングの特徴でした。
「FOCUS」(新潮社)「FLASH」(光文社)は、どちらも写真用語(光文社は社名とのダブルミーニング?)。〝写真〟週刊誌のネーミングとして、一番ストレートです。
前回の分類では挙げなかった「TOUCH」(小学館)も、特ダネに〝触れる〟とか、またちょっと卑猥なニュアンスもそこはかとなく感じさせる(?)写真週刊誌っぽい誌名です。
「FRYDAY」(講談社)に至っては、発売日そのまんま。これが「週刊金曜日」になると別の雑誌になっちゃいますが(笑)。
さて、こうした並びの中でひときわ異彩を放っているのが、文藝春秋社の「Emma」。このスペルで「エンマ」と読みます。
他の写真週刊誌が、比較的俗っぽいライトな誌名を採用している中(変則的なアルファベット表記で軽く見せつつ)地獄の主「閻魔大王」がモチーフという物々しさ。
御存知の通り、閻魔大王と言えば、死者が生前に犯した罪を裁く絶対的な存在。どこか「俗悪さの自覚と恥じらい」が感じられる他誌と違い、随分と大きく出たものだなあ、と感じます。
しかし、Emmaの紙面は写真週刊誌の中でも特に「過激路線」だったようで、系統分類で色々と検索している中でも、事件や事故での遺体写真を大きく掲載したEmma誌面の画像が何枚も出てきて、非常に驚きました。
それらの写真に掲載の必然性は全く感じられず、完全に覗き見根性につけこんで売り上げアップを狙った記事なのは確か。写真週刊誌というビジネスの俗悪さを「業」として背負う覚悟があるのなら、むしろ誌名は「Gaki」(餓鬼)とかの方がしっくり来ます。
なんでこんなに「上から」な誌名を付けちゃったんでしょうね。
こうした、やたらとギラギラした姿勢とは裏腹に、ビートたけしのフライデー事件などで写真週刊誌への批判が高まった時期、創刊から2年もたたないうちに廃刊してしまいました。
文藝春秋社の雑誌としては、後に「マルコポーロ」が、「ホロコーストは無かった」という陰謀論を掲載してたちまち廃刊になるなど、やたらと過激に走っては「自らキャンセル」するというアンバランスを繰り返しています。
こうした「打たれ弱い」性質がうらはらとなって、より「錦の御旗を掲げながら断罪できる」キャンセル・カルチャー向きの題材を追う空気が色濃くなって行ったのではないか?という推察が、どうしても浮かんでしまいます。
ここから、さらに本丸の週刊文春にフォーカスして、分析を進めて行きます。